ラース・ビハーリー・ボースと俊子は新宿中村屋の誕生に関わった人物です。今回「コレ誰!?偉人伝 ナニした!?大調査団」で紹介されます。
そこで、新宿中村屋ボースと俊子の恋と革命の味とは?通販や評判と場所はどこ?という内容でまとめました。
番組では『ボースと俊子』が登場します。
日本初の本格的インドカリーのメニューには「恋と革命の味」というタイトルが付けられ、「ボースと俊子」はインドカリー誕生の裏にある“命がけの恋”をした知られざる日本の偉人の物語だそうです。

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◆新宿中村屋の始まり

中村屋はもともとパン屋を営んでいていました。日本で初めてクリームパンを製造販売していました。

そして中村屋は芸術家を支援するなどして文化的にも社会的にも貢献をしていました。

◆新宿中村屋ラース・ビハーリー・ボース氏の経歴

新宿中村ボース

出典元:Wikipedia



そこで、中村屋のアトリエでラース・ビハーリー・ボース氏を匿います。

ラース・ビハーリー・ボース氏はそこで3か月過ごしました。

ラース・ビハーリー・ボース氏はインド独立を目指す活動家でした。

明治19年(1886年)、インドのベンガル地方で生まれましたが、当時インドはイギリスの植民地で、その状態から救おうと16歳の時に独立運動に専念します。

そして、ラース・ビハーリー・ボース氏はその中心人物になり、インド総督への襲撃をきっかけに、イギリス政府に追われて日本に亡命しました。

ただ、その当時、日本はイギリスと日英同盟を結んでいましたので、国外退去を命じられました。

◆ラース・ビハーリー・ボース氏と中村屋との絆

ボースと俊子

出典元:https://www.nakamuraya.co.jp/

政府がラース・ビハーリー・ボース氏を捜索していたので、見つからないように、活動拠点を17回も転々としました。

その時にラース・ビハーリー・ボース氏のそばでお世話をしたのが、創業者夫妻の長女の俊子さんでした。


俊子さんは英語が堪能であったので、世話役になりました。

そしてラース・ビハーリー・ボース氏と俊子さんの距離が縮まり、婚約の話が持ち上がります。

しかし、周囲は当然、反対していましたが、俊子さんの心は決まっていました。これは秘められた婚姻でした。


大正8(1919)年、第一次世界大戦後のパリ講和会議によってイギリスによるラース・ビハーリー・ボース氏への追及が終わりを告げ、ラース・ビハーリー・ボース氏は自由になります。

ラース・ビハーリー・ボース氏は、1920年に日本に帰化し、そして中村屋の役員まで務めるようになりました。


ただ、ラース・ビハーリー・ボース夫妻の幸せは長く続きませんでした。

逃亡生活の精神的な疲れから俊子さんは心労が重なり、26歳という若さで他界してしまいます。


ラース・ビハーリー・ボース氏の悲しみは想像を絶するものだったと思います・・・。

だからといって中村屋の相馬愛蔵氏はラース・ビハーリー・ボース氏を責めることはなく、中村屋とボースの絆は失われることはありませんでした。


中村屋の相馬愛蔵氏の器の大きさが凄すぎてウルウル・・・・。

自分の実の娘が亡くなっていても、そんな対応ができるなんて・・・・。

それほどラース・ビハーリー・ボース氏のことも愛していたのでしょうか。

◆新宿中村屋の誕生

出典元:https://www.nakamuraya.co.jp/

昭和2年に新宿ターミナルが出来て、新宿に百貨店が進出することとなり、中村屋はこのことに脅威を感じていました。

と同時に周囲から「買い物の一時休憩できる場所があればいい。」という中村屋の喫茶部を出して欲しいと要望がありました。


そこでラース・ビハーリー・ボース氏は、「中村屋で喫茶部を置くならば、純インドの上品な趣味好尚を味わってもらうために自分は是非インドのカリーを紹介したい」と申し出るのです。

インドでカリーは高級料理でラース・ビハーリー・ボース氏は本場の味を再現しました。


そして、中村屋のメニューにラース・ビハーリー・ボース氏のカリーが載ります。これが新宿中村屋の誕生となります。

お客さんはこのカリーライスに戸惑ったようでしたが、スパイスの香りに慣れていき、売上がどんどん伸びていきました。

ちなみにこの当時の値段は80銭でしたが(町の洋食屋のカレーは約10銭だったようなので、約その8倍です。)一日200食は売れたようです。

おそらく上流階級の方々が口にしていたのでしょうね。


今でも中村屋のメニューにカレーライスではなく、カリーライスと載っていますが、その理由は、「中村屋のメニューにカリーライスと書いてあるのは、相馬黒光がボースの発音するとおりにカリーライスとしたことに起因するようです。


そして、ラース・ビハーリー・ボース氏は母国インドに帰国することなく、1944年58歳で日本の地で他界しました。

ちなみにラース・ビハーリー・ボース氏と一緒に日本でインド独立運動をしたA.M.ナイル氏も、1949年にインド料理店「ナイルレストラン」を開店しています。

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◆新宿中村屋のお取り寄せ・通販

◆新宿中村屋の場所は?

・玉川高島屋店

玉川高島屋S・C南館 6F 
TEL:03-3709-2940 
時間:11:00 ~ 22:00
(L.O 21:00)

・東急東横店 

東急百貨店東横店 9F 
TEL:03-3477-4816
時間:11:00 ~ 22:30
(L.O 22:00)

・荻窪店 

ルミネ荻窪店 5F 
TEL: 03-5335-5423
時間:
【月~土】11:00 ~ 22:00
(L.O 21:30)
【日・祝】11:00 ~ 21:30
(L.O 21:00)

・恵比寿店 

アトレ恵比寿 6F 
TEL: 03-3444-8677 
時間:11:00 ~ 23:00
(L.O 22:30)

・千葉店 

そごう千葉店 10F 
TEL: 043-245-8307 
時間:11:00 ~ 22:30
(L.O 22:00)

◆新宿中村屋の評判は?

・中村屋本店地下2階☆野菜カレーがすっごく美味しかった♪

・日本人が食べやすいインドカレー

・サラリともしてない、モッタリともしてないルーは仄かに辛い程度の万人向け

・客層は年配の方が多く、落ち着いた雰囲気です。