西谷浩一(にしたにこういち)監督は大阪桐蔭高等学校の野球部監督です。甲子園優勝の常連校監督で有名です。
そこで、西谷浩一監督(大阪桐蔭)の体重や年収は?スカウト術やベビースターとは?という内容でまとめてみました。
強豪校の監督の西谷浩一監督とはいったいどのような人物なのでしょうか?
その指導方法や改革、授業や経歴についてもご紹介します。


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◆大阪桐蔭高校とは

大阪桐蔭高校選手

https://mainichi.jp/koshien/
articles/20170809/ddl/k27/
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大阪府大東市にある男女共学の私立の中高一貫高校です。
通称は、「桐蔭」。偏差値は41~69。
1983年に高等学校が設立。
1995年に中学校が設立。
住所は〒574-0013大阪府大東市中垣内3丁目1番1号


大阪桐蔭高校は、「1類」「2類」「3類」の三つのコースに分かれています。
1類は東大、京大など最難関国立大学を目指す。
2類は国公立大学・難関私立大学を目指す。
3類は体育・芸術が盛んなコースで部活動において有名大学を目指す。


3類では、特に、野球部が有名です。
主な成績として春夏合わせて11回甲子園に出場、5回全国制覇を果たしています。

◆大阪桐蔭高校の主な戦績

大阪桐蔭高校の主な戦績です。

これまでPK学園が圧倒的に強い強豪校でしたが、平成の時代になり大阪桐蔭高校が上位を占めてきました。

現在では、大阪桐蔭高校が全国でもトップクラスの強豪校です。

平成3年度 第63回選抜高等学校野球大会 ベスト8
平成3年度 第73回全国高等学校野球選手権大会 優勝
平成17年度 第87回全国高等学校野球選手権大会 ベスト4
平成20年度 第90回全国高等学校野球選手権記念大会 優勝
平成24年度 第84回選抜高等学校野球大会 優勝
平成24年度 第94回全国高等学校野球選手権大会 優勝
平成25年度 第85回記念選抜高等学校野球大会 ベスト16
平成25年度 第95回全国高等学校野球選手権記念大会 ベスト16
平成26年度 第96回全国高等学校野球選手権大会 優勝
平成27年度 第87回選抜高等学校野球大会 ベスト4
平成28年度 第88回選抜高等学校野球大会 ベスト16

◆西谷浩一のプロフィールや体重やベビースター

西谷浩一監督

http://www.sponichi.co.jp/



名 前:西谷浩一
よ み:にしたにこういち
生年月日:1969年9月12日 
年 齢:今年48歳
出 身:兵庫県宝塚市
体 重:125kg
職 業:高校教師社会科
    大阪桐蔭高校野球部監督


西谷浩一監督は全国的にも有名ですよね。

結構お腹も気になりますが、体重は125kgもあるそうです。

なんでも、スナック菓子のベビースターラーメンが大好きだそうです。

OBから大会前に大量にもらうそうです。

大東市のグラウンドの教官室にはベビースターの「専用サーバー」が置かれているそうですね。

ということは、気になるお腹や体重の原因はベビースターと言っても過言ではないのかも。

そして、意外だったのは、野球部監督だけでなく、高校教師として社会科の授業をします。

西谷浩一監督は、午前中など高校教師として高校生の授業も持ち、午後は野球部監督して選手に野球を指導している二刀流の方です。




西谷浩一監督

藤浪選手から大好物の差し入れ
http://www.sponichi.co.jp/

◆西谷浩一の経歴

西谷浩一監督が野球を始めたのは小学2年生です。その時は捕手でした。

高校では、報徳学園に進学します。

高校3年生夏は下級生の不祥事により野球部は県大会出場を辞退しています。

結局、甲子園経験はありませんでした。


その後1浪して関西大学経済学部に入学します。

大学では、2年生秋から控えの捕手としてベンチ入り。

4年生ではブルペンの捕手で、100人もの部員をまとめる主将を務め統率しましたが、ここでも選手としては大舞台とは無縁でした。


こうして西谷浩一監督は舞台裏から見渡すという目を養います。


大学卒業後、母校の報徳学園で臨時コーチを努め、その後、大阪桐蔭高校へ。

西谷浩一監督は1993年大阪桐蔭高校のコーチに就任し、1998年秋に監督に就任。

監督就任当時は打倒PL学園を目標に頑張ってきました。


西谷浩一監督は優れた人材を育成しながら、常勝野球部をつくり上げるかという指導哲学で改革しながら進んできた結果、今では甲子園通算勝率8割4分の常勝軍団を作りました。

その指導哲学や改革とはいったい何でしょうか。

◆西谷浩一監督の改革

西谷浩一監督

http://number.bunshun.jp/
articles/-/827777?page=2

●自分のことは自分でする

当時、1年生は上級生の雑用、洗濯に時間を取られ、練習が十分にできなかったそうです。

これが一般的な時代でしたが、当時2ランクも上のPL学園に勝つことを目標にしていた西谷浩一監督は周りと同じことをしていたらだめだと考え、早々に撤廃し1年生も練習に参加させました。

そうして自分のことは自分でする風潮が根付きいたそうです。


●野球交換ノート

西谷浩一監督の指導で大事にしているのは選手との野球交換ノートです。

これはコーチになった時から始めた西谷浩一監督の改革の一つです。

それは、野球部全員が気づいたことを毎日ノートに書いて提出するというものです。

監督に対して選手は多数いるので限られた時間に選手全員とのコミュニケーションをとるツールとしての工夫でした。

かつて藤浪選手はこのノートで監督からの「体が開いている。真の力を身に付けよう」などコメントをもらったそうです。

これに対してよく見てくれているなと思ったと言っています。

このように選手と監督との1対1の会話で選手と監督との間には信頼関係が生まれています。

ノートを見て修正していくことで選手も成長もできる素晴らしい指導改革です。

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◆西谷浩一監督の指導法

西谷浩一監督の指導法の一つの打撃の指導法についてご紹介します。

大阪桐蔭高校の打撃養成は、「実戦形式で打撃練習を毎日行っている」ことにあるようです。

打撃練習のピッチャーは本職のピッチャーで、本気で抑えにかかって投げてくるというボールを打ちます。


これは、ピッチャーにとってもメンバーから外されるかどうかのアピールの場となり、本気で投球してきます。

西谷浩一監督の指導は、このように練習でも本番のようなやり方です。


どんなに能力のある選手でも入学すれば強い選手の中の一人ですよね。

この打撃の指導方法は、選手に緊張感を与え、気を緩ませない、努力しなけばレギュラーは取れないやり方だと思います。


大阪桐蔭高校出身の浅村栄斗選手(プロ野球選手・西武)は、

「どんなにうまい選手でも入学したときは、レベルの高さに圧倒される。だからレギュラーになるだけでも必死。その中で、自然とうまくなっていく」と言っています。

 大阪桐蔭高校でレギュラーを勝ち取る選手はやはり、自主的に自ら努力する選手ばかりということがわかりますね。


このように、改革や指導していく西谷浩一監督ですが、スカウトもプロ級だそうです。

たしかに、教え子がプロ野球に進んでいる数を見るとすごいですよね。

そのスカウトとはどのようなやり方なのでしょうか。

◆西谷浩一監督のスカウト

西谷浩一監督は指導方法だけでなく、スカウトもプロ級のようです。

どのようにスカウトしているのか、その動きを調べてみました。


・当時広島県にいた中田翔をスカウトするために50回は通った。

・スカウトする選手の実家の前で待ち伏せし、たまたま会ったとする偶然を装って口説くこともある。

・プロのスカウトが「西谷さんほどマメな監督はいない。そこまでやるか」と驚くくらいの努力や工夫でスカウトしている。

・打者を見出す時は「1球目から振っていける選手かどうか」、つまり攻めていく選手かどうかを重点を置いている。


西谷浩一監督は社会の教師でもあり、午前中は教師、午後は監督として忙しく、動ける時間は土曜日の午前中だけくらいと限られていました。

それでもスカウトするためには努力は惜しまないそうです。

特に、中田翔選手の時には50回も通ったそうですね。

これには驚きです。

●中田翔の場合

例えば、中田翔選手です。

中田翔選手は当時広島にいたそうですが、西谷浩一監督は金曜日の終電で広島に入りビジネスホテルに宿泊。

翌日朝から中田翔選手をみて、午前中には大阪に戻っていたそうです。

獲得するまで50回は広島に通ったそうです。

忙しい立場にありながら、監督自ら出向いていくとはすごいですよね。

そこまでされたら、誰でも西谷浩一監督に心が揺れます。

このようにして、西谷浩一監督に教えられ卒業していった選手を調べてみました。

◆西谷浩一監督の主な教え子

西谷浩一監督は1993年に大阪桐蔭高校のコーチに就任し、1998年に監督に就任しました。

主な教え子たちを調べると、プロ野球選手がずらりと並ぶメンバーばかりです。


岩田稔 :プロ野球・阪神
中村剛也:プロ野球・西武
西岡剛 :プロ野球・阪神
辻内崇伸:元プロ野球選手
平田良介:プロ野球・中日
丸毛謙一:元プロ野球選手
中田翔 :プロ野球・日ハム
岡田雅利:プロ野球・西武
浅村栄斗:プロ野球・西武
江村直也:プロ野球・ロッテ
西田直斗:プロ野球・阪神
藤浪晋太郎:プロ野球・阪神
澤田圭佑:プロ野球・オリックス
森友哉 :プロ野球・西武
香月一也:プロ野球・ロッテ
青柳昴樹:プロ野球・横浜
高山優希:プロ野球・日ハム

◆西谷浩一監督の年収

西谷浩一監督の年収はいくらでしょうか。

気になったので調べてみました。

西谷浩一監督は大阪桐蔭高校の野球部監督ですが、その前に社会科の高校教師です。

年収.JPによると、私立高校教師の平均年収は700万円だそうです。

西谷浩一監督は野球部監督なのでプラスいくらか収入があると思います。

さらに、優勝校のレベルの監督なので、講演料やインタビューなど副収入もあるかと思います。

そのようなことから、1000万円は軽くあるかと思われます。

◆まとめ

このように、大阪桐蔭高校と言えば野球好きなら知らない人はいないくらいの強豪校です。

その監督である西谷浩一監督は選手に厳しい練習ばかりをさせるような人ではなく、創意工夫で監督も努力をされている方でした。

一見見た目は怖そうなイメージでしたが、全く違います。

選手思いでやさしく見守るタイプの温かい人でした。

だからこそ選手との絆も深く、このように結果を出せるのだと思います。

西谷浩一監督の選手時代は、甲子園などの大舞台で活躍することはありませんでしたが、それでも舞台裏での経験を活かして今監督として大活躍中です。

未来のプロ野球選手を育成していると言っても過言ではないくらいです。

今後の活躍と試合も楽しみにしています。



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