北九州連続監禁殺人事件の犯人の松本太と緒方純子夫婦の間に生まれた息子がザノンフィクション「人殺しの息子と呼ばれて」で特集されます。

そこで緒方純子の子供や息子の今現在、生い立ちや松永太と母静子との関係についてまとめました。


北九州監禁殺人事件は日本史上で類のない残酷な事件で2002年に発覚。事件はあまりに残忍なのでメディアが控えたほど。

事件発覚は当時17歳の少女が監禁場所から逃亡がきっかけでしたが、ただの監禁事件ではなく男女7人殺害というものでした。


主犯格は松永太死刑囚。その内縁の妻が緒方純子でした。

この犯人の夫婦の元に生まれた息子が今回ザノンフィクションでインタビューされています。

緒方純子と松永太の生い立ちから見てみましょう。


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◆松永太の生い立ち

松本太

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これら大量殺人の主犯である松永太は、1961年4月に小倉北区で生まれます。松永太の父親は畳屋を営んでいましたが、松永太が7歳の頃、松永太の祖父の布団販売業を継ぐため一家で福岡県柳川市へ引っ越しました。


経済的に不自由はなく、母親と祖母に相当に甘やかされ、あまり叱られることのない少年期を過ごしました。


ただ学校の成績は抜群によく、ほぼオール5を取っていました。そして口達者で先生も口で負かせてしまうほどだったとか。頭の回転は素晴らしく速かったようです。


そして、高校2年生の時、松永太は家出の少女を自分の家に招いたことで高校を退学となり、公立から私立の男子校へ転校することが余儀なくされました。2年生まで在学していた公立高校には、将来彼の奥さんになる緒方純子もいました。


高校卒業後、松永太は父親の営む布団販売業を手伝いながら、19歳で結婚し翌年には子供を授かりました。


さらにこの年、布団販売業の有限会社ワールドを設立し、代表取締役になりましたが、その会社の実態は訪問販売で品質のよくない商品を高値で売りつける詐欺まがいをするものでした。


松永太はその会社の中で契約のとれない社員に暴力をふるって虐待したり、信販会社のセンター長に「接待」と称して昼間から酒を飲ませ、その姿を写真に撮って脅して、信販契約の審査を甘くさせ、立替払金を着服するなどの行為もしています。


なお、松永太が関わった一家殺害事件にも使われた「通電」は、このときからすでに社員への虐待方法として使用されていました。

◆緒方純子の生い立ち

緒方純子

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緒方純子は、1962年2月に久留米市に生まれました。緒方純子の家は裕福な家庭で多くの土地を所有していた地元では有名な家だったようです。


祖父は村会議員で父は会社員でありました。特に何不自由なく育ちます。松永太とは公立高校で同じでしたが、その際は交際をしたことはありませんでした。


松永太から連絡があったのは、緒方純子が短期大学を卒業して保育士となって半年ほど経った頃でした。


松永太は高校時代ほぼ面識のなかった緒方純子に「俺、フトシちゃん。覚えてる?」と電話を掛けます。松永太が緒方純子に電話をかけた主な目的は、彼女の高校時代の卒業アルバムが欲しかったからです。松永太は卒業写真を見て、可愛いと思う子に電話をかけまくっていたようです。


ただ、松永太は緒方純子にも気を持たせるような素振りも忘れてはいませんでした。「会社の業績は順調で、しかも芸能界からのスカウト話も来ている」と松永太は嘘を言い、緒方純子は素直だったためか松永太と関係を持ってしまいます。


しかし、松永太は妻子持ちであり、緒方純子との交際は、すぐに緒方純子の両親にバレてしまいました。松永太は緒方家を訪れて、「妻子とは別れます。緒方家の婿養子になります」と言い放ち、その場で『婚約確認書』を緒方純子の両親に提出します。


ただ、この書面を作って説得力を増すやり方は松永太の一番得意とする嘘でした。松永太は緒方純子に「莫大な利益を上げている会社だが、お前の婿養子になって緒方家を継ぐからにはつぶさなくちゃいけない。芸能界の話も、残念だがお前のために諦める」と言って、彼女に自責の念を抱かせました。


緒方純子の母はこの『婚約確認書』なるものを信用しなかったようだが、むしろ父は松永太のことが気に入ったようでした。そんな母の静美さんは松永太に「純子と別れて下さい」と言いに行きます。


しかし松永太は母を言いくるめ、言葉たくみにホテルに誘い、関係を持つことになりました。ちなみにこのときからこの関係は長く続いていきます・・・。


松永太は緒方純子を殴打し、緒方純子の胸に煙草の火で「太」と焼印を押し、太ももにも安全ピンと墨汁を使って同じく「太」と入れ墨を入れました。


また、松永太は緒方純子に家族や親族に嫌がらせの電話をかけさせ、結果的に緒方純子は孤立することとなり、精神的にも追い詰めていきます。


さすがに緒方純子はこれらに耐えきれるわけもなく、緒方純子は自〇未遂をしています。しかしこれも全て松永太の計算済みだったのでしょうか、緒方純子に仕事を辞めさせ、ます。


そうして松本太は緒方純子に両親に向かって、「婿養子などもらって緒方の家の犠牲になるのはいやです、縁を切ってくれないならまた自〇します」と宣言することを強要。


緒方家側に『絶縁書』という松永太お得意の書面を作らせます。


結果的に緒方純子は緒方家から退き、次女である理恵子さんが婿養子をもらうことになりました。


このように松永太に肉体的にも精神的に追い詰められた緒方純子はこれから松永太の掌で動くことになります。



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◆松永太と緒方純子の子供

松本太と緒方純子の家系図

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松永太は前妻との間に息子が1人いて、現在37歳。

松永太と緒方純子との間に息子が2人いて、現在長男が24歳、次男が21歳。


事件の逮捕の時、住んでいたマンションから子供4人が保護されましたが、うち二人は松永太と緒方純子の実子でした。他二人は他人の子でした。

実子の二人は北九州市内の児童養護施設に預けられます。


その子供たちは姓を「石丸」に変えたという噂もありますが、詳細な情報はありません。

両親たちの残酷な事件によって子供たちは犠牲者となってしまいました。

実はこの事件のことについて、本も出版されています。




◆松永太と緒方純子の24歳の息子

名前:24歳の息子(とする)
生まれ年:1993年1月生まれ
父 :松本太
母 :緒方純子
兄弟:弟がいる
職業:会社員で正社員

◆息子の仕事

事件発覚後、児童施設に預けられるも、いじめに会い、回りの人すべて敵と思い荒れた生活をしています。里親が見つかり、定時制高校に通うも退学。

中卒で両親は犯罪者と親族は殺され身寄りのない環境で、仕事に付けずに転々として生活していました。


そんな中で、息子は安定しそうな仕事が見つかります。1つのアパートに4~5人で住み込みの建築現場の仕事でした。

息子を拾ってくれた男性(親父さんと呼んでいました)は建設現場に労働者をあっせんする手配する人でした。


息子はかわいがられ初めて人の優しさに触れます。

息子は手配師の親父さんが紹介する人夫出しの仕事に行っていました。日当は6千円。


食べるものもあるし、寝るところもある。お金をためて早く独立したかったのでその仕事を続けていました。

紹介された先の職人の親方と仲良くなるも、そこは暴力関係の人たちだったこともあったそうです。

◆息子の結婚

息子は結婚を意識する女性と出会います。結婚相手の女性は、小学校の幼馴なじみでした。

息子と同じような境遇であったその女性をどうにかしてあげたかったそうです。


旅の役者のような仕事をしていた女性が、仕事を辞めて北九州に帰ってくることなるということで会ったそうです。女性の母親もいたそうですが、薬物で逮捕されてしまうのでした。

親がいなくなってしまった子供という境遇が自分と同じでした。

そのため彼女を、結婚したいからするのではなくて、とりあえず結婚して扶養に入れて、社会保障をつけてあげようと思い、籍に入れます。


そうして息子は現在、結婚し家賃4万円の賃貸マンションで暮らしています。

息子は5年前、今の会社で正社員に。

会社で働いている人たちが何かあれば自分に相談してくれる、こんな自分でも必要としてくれる人がいる環境でした。

息子は人に恵まれたことで仕事が長続きしたそうです。

家族のあたたかさを知らずに育った息子ですが、いったいどんな家族像があるのでしょうか。

◆結婚した息子の子供

今は子供はいませんが、今後子供のことについては漠然とした不安しかないそうです。

その不安とは、経済面ではなく、子供への愛情のかけ方でした。


贅沢ではなく、子供の最低限の欲しいもの、行きたいもの、習いたいものに応えられるだけの環境を整ってからでないと自信がないと言っています。

愛情のかけ方がわからないという息子。自分が経験した思いは自分の子どもには経験してほしくないと言っていました。


しかし、どちらかというと、息子は父親の松本太に似ていると言います。

いつかリミッターが外れてしまうのではないかという不安もあるようです。


犯罪者の息子は、先のことをよく考えて行動するタイプのようですね。

将来の不安も、奥さんのことも、子供のことも考えています。


松本太が元凶でこのような人生になってしまいましたが、誰でも幸せに生きていきたいと思うはずです。

今の環境に感謝して人に恵まれているようなので頑張ってほしいですね。

◆松永太と緒方純子の今現在

松永太は2011年12月12日に判決で死刑が確定し死刑囚となりました。

緒方純子は、犯した罪は重大だが、松永太からが虐待を受け逆らえない状況だった点や、捜査の途中から積極的に自白をした点、反省している点を考慮されて死刑を免れ、無期懲役が確定し、受刑者となっています。

●息子から見た緒方純子受刑者

服役中で母である緒方純子受刑者から息子の元に手紙が届くそうです。

マインドコントロールされていたとはいえ、実の子どもである息子に対して虐待し、ろくなご飯を与えなかった母からの手紙は、息子のことを気遣う文章でした。また謝っていました。


しかし、その手紙を見ても現実と真実のフィルターを通して頭に来て素直に受け取れないと言っていました。

息子は母に20回くらい面会にいきます。それは母の本心が知りたいからです。面会では息子から話をすることはなく、母の緒方純子は謝るだけ


息子は、謝る母親に対して、死という逃げ道に行くのではなく、自由がきかないその環境で苦しんで生きてほしいと言っていました。

面会中の緒方純子受刑者は、最初はうれしそうな顔をするそうです。そうして、次に息子の様子を伺うそうです。そして最後はこれはしたら行けないなど親っぽいことを言うそうです。


面会では、いつもこんな3パターンで面会は終わります。


もともと保育士だった緒方純子ですが、松本太に出会わなければ、また違った人生があったのでしょうか。

事件では、松本太にマインドコントロールされ、実の子どもにひどいこともしました。


松本太にどんなにひどいことをされても自身の子どもに接しているときは忘れられたと言っています。

緒方純子は加害者でもあり、被害者でもあります。

●息子から見た松本太死刑囚

息子は、父親の松本太死刑囚にも3回も面会に行っていました。それは、死刑執行前に父親から自分に謝ってほしかったからです。

しかし、父親は、謝るどころか全く変わっていなかったそうです。


第一印象は、年のせいか小さくなっていたそうで、顔はにこやかに笑うが、目が笑っていない。当時のままだとか。

父親と息子の会話は「最近調子どう?」「何している?」と息子が尋ねるも、返事は「ぼちぼち」「普通だ」という、あいまいで今の生活を明かさない程度の返事だったとか。


そして、最高裁で刑が確定したにもかかわらず、息子に「署名を集めてくれ。自分は悪くない。悪いことはしていない。最後まで戦う」と父親が求めてきたそうです。

そして、死刑が確定する前にせめて父親だから、息子に対しては謝ってほしいと言いますが、松本太はそのような話になると帰れと言っていたそうです。


息子は、2017年7月にテレビ番組の取材に応じることを松永太に言いに面会に行っています。

父の松本太は、テレビは人を食い物にすると言っていたそうです。

◆まとめ

犯罪者の子どもは被害者ですが、世間は冷静です。

普通に食べて寝る場所がある、両親がいる、親族がいる、仕事がある、当たり前の環境が犯罪者の子どもたちにはありません。

誰でも幸せにいきたいものですが、ちょっと考えさせられる内容でした。

結婚した息子さんにいずれ子供ができた時に、愛情たっぷりの家庭が築けるとよいのですが、今後の人生どのように過ごしていかれるのでしょうか。



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