戦国武将の名言

織田信長の名言20選!仕事で使える有名な名言の意味を徹底解説!

歴史上の人物で最も知名度が高い人物が織田信長ですね。

戦国時代から安土桃山時代を生きた武将でその最期は未だ謎が多い人物です。

そんな織田信長は数々の名言を世に残しています。

織田信長の名言の意味などをひとつひとつ紹介していきます!

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織田信長の名言1 「攻撃を一点に集約せよ。無駄なことはするな」

「攻撃を一点に集約せよ。無駄なことはするな」

これは、破竹の勢いで天下統一を目前とした織田信長が部下たちに発した言葉です。

この名言は、やるべきこと以外のことを行うのは無駄だという意味を込めます。

現代の社会においても、やった方がいいことは限りなくありますが、そのすべてに手を出しては無駄だということが学べます。

労力の無駄遣いにならないよう、やるべき決定事項だけに集中しましょうということです。

ビジネスの場面で多く使われるランチェスター戦略に通じるものがあります。

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織田信長の名言2 「臆病者の目には、敵は常に大軍に見える」

「臆病者の目には、敵は常に大軍に見える」

織田信長の人生のターニングポイントである桶狭間の戦いで発した言葉です。

桶狭間の戦いで敵軍の4万5千人の兵に対し2千人で突撃し、織田軍は勝利しました。

臆病者ではない織田信長には、敵の数なんて大したことではなかったのです。

臆病者は自分を過小評価してしまう傾向にあり、それでは敵が多く見えてしまいます。

時には自己を過大評価してみると、困難に見えた壁も思いのほか簡単に超えられるという教えが込められています。

織田信長の名言3 「人城を頼らば城人を捨てる」

「人城を頼らば城人を捨てる」

戦国時代において、城を落とすということは容易なことではありません。

時折、優秀な部下を人質として差し出すことを条件に城を明け渡すこともあります。

そのような交渉の時に織田信長はこの言葉を発しました

城は自分で考えて行動はできない、人の方が何倍も大事であるということを織田信長は早くから悟っていました。

だから落とせそうな城も、このような条件が出るとあっさりと捨てます。

人を売って安全地帯にいるより、人を使って攻めた方がいいという思想が学べます。

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織田信長の名言4 「絶対は絶対にない」

「絶対は絶対にない」

これは織田家の家督相続の際に織田信長に芽生えた思考です。

父親から信頼されていた織田信長が継ぐはずでしたが素行不良(うつけもの)であったため、母親たちが弟たちを継がせようと対立し争いが起きてしまいます。

また、勝てないと言われていた桶狭間の戦いで勝利した後に、この言葉を残しました

一見すると矛盾した言葉ですが、このような経験を経た織田信長だからこその言葉です。

絶対に大丈夫なこと、絶対に無理なことは絶対にないということが学べます。

絶対という言葉に負けて諦めたりしないようにしましょう。

織田信長の名言5 「器用というのは、他人の思惑の逆をする者」

「器用というのは、他人の思惑の逆をする者」

戦国時代では、判断力・応用力がないと周りに取り残されていってしまいます。

相手が何を考えているかを読み取り、相手の思惑とは逆のことをして出し抜いていけるような人がここでの器用と呼ばれる人です。

大勢の器用な部下を持ち、自分自身もその器用な人であった織田信長ならではの言葉です。

前例がないからできないと尻込みをしてしまう方はこの言葉を思い出しましょう。

結果を出したいなら器用に考えるのではなく、器用に行動することが必要だと教えてくれています。

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織田信長の名言6 「与えられた仕事だけやるのは雑兵だ」

「与えられた仕事だけやるのは雑兵だ」

雑兵とは身分の低い卑しい兵士のことで、足軽や草履取りが雑兵にあたります。

言われたことしかしない人間や何かを言われるまで行動しない人間を織田信長は嫌っていて、そのような部下を見つけた時に口にした言葉です。

織田信長はこの言葉通り、自分の考えを持ち行動できる人間はたとえ低い身分でも出世をさせています。

もとは草履取り羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)がその例です。

仕事でも指示待ちをする傾向にある現代人には耳の痛い名言です。

出世をしたかったりいい人間関係を築きたければ、この名言を胸に留めて指示待ちをやめてみましょう。

織田信長の名言7 「理念を持ち、信念に生きよ」

「理念を持ち、信念に生きよ」

この名言は「理念や信念を失った者は、戦う前から負けているといえよう。そのような者は廃人と同じだ」と続きます。

何かを成し遂げようとしたり、困難に立ち向かって行く際に放った言葉です。

自分の理想とする世界のイメージ(理念)を持ち、そこに到達するために1つ1つを実行する気持ち(信念)を持てという意味合いになります。

織田信長にとって、戦いは理想を実現させるための信念であり、それがないのならば死んでいるも同然だと考えていたからこその言葉でしょう。

理想を持ち、それを遂げるための信念も曲げるべきではないということが学べます。

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織田信長の名言8「およそ勝負は時の運によるもので、計画して勝てるものではない~」

「およそ勝負は時の運によるもので、計画して勝てるものではない。

功名は武士の本意図はいっても、そのあり方によるものだ。

いまその方の功名は軽率な動きによるものである。

一方大将となろうとする者は、そのような功名を願ってはならぬ。

身の危ういのをかえりみないのは、それほど手柄と言うことはできない」

これは、功名のために軽率な動きをした部下への戒めの言葉です。

「今後はこの心を忘れるな」と厳しい言葉も続いています。

功を成したいという欲を前面に出して焦ってはならないと諭しています。

この言葉は、学歴を重視する傾向にある現代社会にも通ずるところがあります。

有名な名前の大学ばかりを重視するのではなく、その人がしてきたことや経験してきたことなど実になっているものを評価していくべきだということが学べますね。

織田信長の名言9 「恃(たの)むところにある者は、恃む者のために滅びる」

「恃(たの)むところにある者は、恃む者のために滅びる」

ここでの恃むところとは、自分が得意とするものを意味します。

得意なことで人生を切り開いていくことはできますが、時にはそれが仇となって、自分の身を滅ぼすこともあるという意味の名言です。

織田信長自身も部下を育てることや導くことに長けていましたが、天下統一後に自分が育てた部下である明智光秀率いる軍に滅ぼされてしまいます。

皮肉が込められた名言ですが、得意なものに頼りすぎて天狗になってはならないという大切なことを学ばせてくれます。

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織田信長の名言10 「愚かな間違いを犯したら、たとえ生きて帰ってきてもワシの前に姿を見せるな」

「愚かな間違いを犯したら、たとえ生きて帰ってきてもワシの前に姿を見せるな」

織田信長の息子が戦に出る時、息子に発した言葉です。

いささか厳しい言葉のように思えますが、織田信長なりの激励の言葉です。

戦など、緊張した状態で考えて判断をしていくことは人を成長させます。

間違えていない判断をして成長して生きて帰ってきなさいといった織田信長としてではなく1人の親として、息子の成長を願う気持ちが込められています。

いつの時代でも、親は子の成長を望むものだということを改めて感じさせられます。

織田信長の名言11 「人間の50年の生涯は儚いものだ。死なない者は存在しない」

「人間の50年の生涯は儚いものだ。死なない者は存在しない」

織田信長は、かつて熊谷直実が残した「敦盛」という歌を好んでいました。

この歌は世をはかなむ歌として登場し、歌の一説に人間50年と出てきます。

戦のたびに覚悟を決めていた織田信長は、この歌を自分の死生観にしていました。

そして、いつ死んでしまうか分からない戦場の中でこの言葉を発しており、今日死ぬかもしれないと自分に言い聞かせて気合を込めていたのでしょう。

激動の時代に生まれて生き抜いていた織田信長ならではの名言ですが、現代に生きる私たちにも、いつ死んでもいいように後悔せずやり遂げることが重要だということを教えてくれています。

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織田信長の名言12 「是非に及ばず」

「是非に及ばず」

こちらは誰しもが1度は耳にしたことがあるほど有名ですね。

この名言には、良し悪しを判断することは意味がないといった意味があります。

つまり、良し悪しを議論する意味もないということです。

織田信長は敵軍に攻め入られた際にこの言葉を発しており、交渉をしたり逃げる手立てを考えることは必要なく、攻められたなら四の五の言わずに戦うだけだという強い意志が込められています。

社会では度々、その話し合いは必要なのか?という場面に出くわします。

そういった時はこの名言に倣って、行動してみることも吉かもしれませんね。

織田信長の名言13 「組織に貢献してくれるのは、優秀な者よりも能力は並だが忠実な方である」

「組織に貢献してくれるのは、優秀な者よりも能力は並だが忠実な方である」

戦国時代では、優秀すぎる者は同時に怖い者だと言われていました。

優秀すぎる者は味方を出し抜く、いわゆるスパイのような役割も果たせます。

賢い者は優秀ゆえに殺されてしまうことも少なくありませんでした。

このことから織田信長は、組織に貢献するのは忠実な者だと悟っていました

会社などで上司と呼ばれる立場にいる方は、この名言から学べることが多いでしょう。

優秀な部下だけ評価するのではなく、並の能力でも忠実に頑張っている者ほど長い目で見れば組織に貢献していることを評価してあげなければなりませんね。

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織田信長の名言14 「いつの時代も変わり者が世を変える~」

「いつの時代も変わり者が世を変える。異端者を受け入れる器量が武将には必要である」

自分自身が異端者であっても天下統一まで上りつめた織田信長だからこそ言えた言葉です。

時代が変わらなくていいなら画一的な者ばかりを集めればいいですが、時代を変えたいなら多彩な者ばかりを集めた方が、さまざまなアイディアにより攻略の制度も上がっていくことを織田信長は分かっていました。

自らが武将になり、部下を育てていく上での織田信長の信念がこの名言です。

変わり者は周りから疎まれたりすることも多いですが、何かを変えていきたいなら、そういった変わり者を受け入れた方が視野が広がっていくことを学ばせてくれます。

織田信長の名言15 「これ(木綿20枚)を売って彼に小屋を作ってやり~」

「これ(木綿20枚)を売って彼に小屋を作ってやり、飢えないように食べ物を分け与えてくれれば自分はとても嬉しい」

織田信長がある村を通りかかった際に、身体が不自由で家もない男を見かけて村人に向けて言った言葉です。

武将でありながらも、弱い者を無碍にしない織田信長の優しさが溢れている名言です。

この名言から学べることは、優しさはもちろん人へのお願いの仕方も学べます。

分け与えてやってくれという言い方では、村の人も指示通りにはしなかったでしょう。

しかし、自分は嬉しいという強制しない言い方であったため村人もきちんと動きました。

権力者である織田信長が喜んでくれるという気持ちにも駆られたのでしょう。

お願いするときこそ命令口調ではなく、このような言い方をされた方が頼まれた側も気持ちがいいということを教えてくれる名言です。

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織田信長の名言16 「戦に勝るかどうかと兵力は必ずしも比例しない~」

「戦に勝るかどうかと兵力は必ずしも比例しない。

比例するかそうでないかは戦術、つまり自分自身にかかっているのだ」

織田信長は、負け戦とも呼ばれる戦場で何度も敵軍を破ってきました。

それができたのは、織田信長にこの名言のような意識があったからといえます。

破天荒な織田信長の斬新な戦術により、代表的な桶狭間の戦いなどでも勝利しています。

敵軍の兵の数がいくら自軍より多くても、戦術さえ磨けば強さは比例するということです。

この言葉で部下を鼓舞するのと同時に、自分自身のことも鼓舞していたのでしょう。

凝り固まった伝統的な戦術ではなく新しい戦術を考えて磨けば、無理だと思われていたこともできてしまうことが学ぶことができます。

織田信長の名言17 「人は心と気を働かすことをもって良しとするものだ~」

「人は心と気を働かすことをもって良しとするものだ。

用を言いつけられなかったからといって、そのまま退出するようでは役に立たない」

この名言には「その点、お前は塵に気づいて拾った。なかなか感心である」と続きます。

部下に放ったこの名言から、やはり織田信長は言われたことだけする人を好まないことがよく分かります

呼んだ部下に何もいいつけなかったことから、この部下を試していたのかもしれませんね。

何も用事がなくても、小さなことでも自分で用事を作るということは簡単なことのようでなかなかできることではありません。

ロボットのように言われたことだけこなすのではなく、視野を広げてできることを探していくことが大切だと学ばせられます。

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織田信長の名言18 「人を用ふる者は、能否を択ぶべし。何ぞ新古を論ぜん」

「人を用ふる者は、能否を択ぶべし。何ぞ新古を論ぜん」

人を雇用するときは勤務年数の長さや年齢でなく、能力の有無を基準に選ぶべきだということをこの名言で説いています

年功序列のような仕組みはばかばかしいと織田信長は思っていたのですね。

勤務年数が長いために自動的に上層部に入っただけで能力がなければ、激しい戦場では自軍が破れてしまう原因になりかねません。

これは会社などの階層がある場所でも通ずるものがあります。

能力がない者が勤務年数だけで役職を得ていては、功績は出せないことが多いです。

能力主義とまではいかなくても、多少は能力も考慮していく必要があることが学べます。

織田信長の名言19 「藤吉郎(秀吉)は何が不足なのか~」

「藤吉郎(秀吉)は何が不足なのか。浮気など言語道断です。

しかしやきもちはいけない。夫の世話をちゃんとして、言いたいことがあっても言わない方がいいでしょう」

浮気などにより豊臣秀吉への不満が募った妻のねねが、織田信長にその愚痴を吐きます。

その後に織田信長からねねに宛てた手紙に書かれていた名言です。

浮気をしてしまった秀吉に怒りながらも、ねねへの助言を綴っていますね。

女性はやるべきことをやってどしっとかまえていなさいという意味が込められています。

現代では波紋を呼んでしまいそうな名言ですが、戦国時代においての男と女の役割分担としては、とても合理的なアドバイスといえるでしょう。

少しの過ちぐらいなら何も責めずに堂々としているべきだということを教えられます。

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織田信長の名言20 「必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ」

「必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ」

自分が納得いくまで考えて行動した過程が大切なのであって、たとえ結果が失敗に終わっても、素晴らしい人生として誇れるだろうという名言です。

この名言は部下に放ったというより、織田信長が自身に言い聞かせていた言葉です。

必死に生きていくって、楽しいことより辛いことや苦しいことの方が多いです。

だからといって惰性で生きていくのは恥ずかしいと織田信長は考えていました。

織田信長のように必死で生きていけば、たとえ成功が少ない人生でも幕引きの時は胸を張ってやり遂げたといえることでしょう。

織田信長の名言のまとめ

織田信長の名言を紹介してきました。

戦国時代という厳しい時代で活躍してきた

織田信長ならではの名言が数多くありましたね。

織田信長の破天荒さや頭の良さが名言に表れていました。

織田信長のように、強い信念や理想を持ちながら

最後には光を放つ人生を送っていきたいものです。

今のあなたの悩みの答えや人生の道しるべになるような名言が見つかったことを願います。

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