佐々木孝介(ささきこうすけ)監督は北海道の駒澤大学附属苫小牧高校野球部監督です。

今回佐々木孝介監督(駒大苫小牧)の妻(嫁)や担当教科、感動的な野球部の指導方法について紹介します。

佐々木孝介監督は顔よし、スタイルよし、性格よしのイケメン監督です。

若い監督ですが、野球指導者としてはどうなのでしょうか。気になるところですね。

そんなイケメンの佐々木孝介監督について迫っていきましょう。


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◆駒澤大学附属苫小牧高校とは

駒澤大学附属苫小牧高校は、北海道苫小牧市にあります。

1964年に設立された男女共学の仏教系の私立高校です。

通称「駒大苫小牧」「駒苫」。


1964年に創部された野球部で現在の部員数は100名以上。

全国でも有名な野球の強豪校です。

指導者は、監督を含めて4名いますが、平均年齢は32.5歳という若さ!



夏の選手権大会 優 勝2回(2004年、2005年)
夏の選手権大会 準優勝1回(2006年)←田中将大選手と斎藤佑樹選手のあの試合です。


<主な卒業生>
田中将大(メジャーリーガー)
大累進(プロ野球選手)
橋本聖子(政治家、元元スピードスケート選手) 
高山梨沙(スピードスケート選手)
藤本もえこ(アイスホッケー選手)
など

卒業生には有名なスポーツ選手を多数輩出しています。

◆佐々木孝介監督のプロフィール

佐々木孝介監督

名前:佐々木孝介
   (ささきこうすけ)
生年月日:1987年1月10日
年齢:31歳(2018年1月時点)
出身地:北海道余市
高校:駒澤大学付属苫小牧高等学校
大学:駒澤大学
身長:177cm
体重:71kg
職業:社会科教員、野球部監督

◆佐々木孝介の経歴

佐々木孝介監督は余市町立大川小学校3年生の頃から野球を始めました。

出身高校は駒澤大学付属苫小牧高校です。

なんと楽天からアメリカのメジャーリグ、ヤンキースの田中将大選手の2年先輩にあたり、かつて一緒にプレーしていた仲間でもあります。


そんな佐々木孝介監督の高校生時代ですが、高校1年生の秋から内野手のレギュラーを獲得。2年生の時には春夏共に甲子園に出場しています。

さらに佐々木孝介監督が高校3年生の2004年には、73名の部員をまとめるチームの主将でショート。

夏の甲子園に出場し、全国優勝しました。ちなみに、この時田中将大選手はベンチで1年生でした。


佐々木孝介監督の高校生時代の当時の成績はなんと打率.429(21打数9安打)と好成績を残しています。

選手としてもかなり活躍されていたのですね。

その後、駒澤大学に進学します。1年生から活躍を見せますが、大学3年生になると学生コーチの道に歩んでいます。

この部分はとても不思議でしたが、理由がありました・・。

◆佐々木孝介が監督になったきっかけ

それは、佐々木孝介監督が駒澤大学時代のことです。

佐々木孝介監督は大学野球を経験しながら自分はプロには通用しないと思ったようです。

一番ショックだったのは動きのスピードが通用しなかったことです。


当時、打てば飛ばせてバントもできて足も速かった長野久義選手(当時日大、現在巨人)の打撃に参っていたようです。

そのころ、佐々木孝介さんは大学2年の冬に監督に呼ばれて、「3年からは野球の練習より授業中心でいきなさい」と言われたとか。

この言葉にはさすがに本人もかなりへこんだそうですね。この頃のことを腐っていたと述べています。

ただ、このことが佐々木孝介監督が誕生するきっかけとなりました。


そして、駒大苫小牧が甲子園に出場する時には臨時コーチとして、甲子園でノックもしました。

大学卒業後、駒大苫小牧の野球部のコーチに就任します。

その後、2009年7月にコーチから監督に就任しました。

そして、2014年、春の甲子園出場をすることになりました。

◆佐々木孝介の若い頃のイケメン画像

さて、イケメンイケメンと言っていますが、ここで佐々木孝介監督の若い頃の画像を。

今でもイケメンですが、若い頃はもっとイケメンです。


佐々木孝介監督 若い頃



佐々木孝介監督 若い頃width=




◆佐々木孝介監督のエピソード




この本の中で佐々木孝介監督のエピソードが紹介されています。

佐々木孝介監督の小学校、中学校時代は、実の父が監督だったのですが、反抗期もあって、父である監督の指導法に納得がいかなかったようです。

その内容は、

「父は小学校、中学校と僕のチームの監督をしていたのですが、挨拶、礼儀、言葉使い、ものすごく厳しかったんです。練習の時の道具出しは下級生ではなく、上級生の仕事で、こんなことやっても本当に野球の役に立つのかって感じでした。」

と思いを持ち続けていたようです

しかし、中3の時に見た駒大苫小牧の練習に鳥肌がたったようで、その理由は父の言ったことと全く同じことを高校生たちがやっていたからだと言います。



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◆香田誉士史監督との出会い

香田誉士史監督は佐々木孝介さんが高校生時代の野球部の監督です。

その香田誉士史監督との出会いについてこのように言っています。

「一目見て、この人絶対他の監督とは違うって思ったんです。この人が教えている野球を教わりたい。そして練習を見た後、鳥肌が立った。この監督についていけば、絶対甲子園にいける。」

香田誉士史監督について直感でこの人は本物だと感じとり、駒大苫小牧高校に入学して甲子園優勝をしているので、その直感は正しかったといますよね!

また、

「香田誉士史監督の表情を見て、何を言おうとしているのか、とか、練習時間以外でもあの時何を言おうとしたのかとか、あれはどういう意味だったのかとか、そんなことばかり考えるようになっていました。」

さらに、佐々木孝介監督が主将になってからは、香田誉士史監督の考えを引き出し、聞きたいという思いから、香田誉士史監督に「声出せ」「気持ちがねえんだよ」「道具きれいに並べろ」などのことは言わせないように心がけていたようですね。


佐々木孝介監督は主将であるためにチーム全体を考える必要があるものの、監督が何を考えてどのように自分が行動したらよいかということをこの頃から考えていたからこそ、この若さで監督が出来るのかもしれませんね。

本当に香田誉士史監督を尊敬していたことがわかりますし、とても優秀な方ですね。

参考文献:マー君と7つの白球物語

◆佐々木孝介監督の印象

逆に香田監督は佐々木監督についてどのような思いがあるのでしょうか。

香田誉士史監督によると、佐々木監督は、


・顔はいい。
・スタイルもいい。
・純粋である。
・泥臭い部分を持っている。
・高校入学時からチームリーダーの素質があった。
・性格は優しい。
・勝負になると「生ぬるいプレーはダメ!」と同級生に言えるほど厳しさもあった。


香田監督の佐々木監督への印象や評価は予想通りで良いものでした。

監督と元教え子がこのように言い合える仲っていいですよね。

◆佐々木孝介監督の指導法

佐々木孝介監督はサインを出さずに試合をすることがあります。

その理由は、選手達自身に考えさせることが目的でした。

さらに選手が出すサインからその選手の個性を理解する努力をしているからのようですね。


また、選手全員の野球ノートをいつもチェックし、選手の考えや個性を理解した上で個別指導に活かしているそうです。

佐々木孝介監督はトップダウンのやり方でなく、しっかりと選手に合わせた指導法は凄くて感動的ですね!

そこまでしてくれる監督がいるでしょうか。

また、プレッシャーとの付き合い方も指導しているようで、プレッシャーを選手にかけながらレクリエーションなどで気分転換をはかっているのだとか。

◆佐々木孝介の家族や妻と子供は

佐々木孝介監督はどの角度から見てもイケメンですね。

そんな佐々木孝介監督の家族は、父、母、兄、本人の4人家族でしたが、ご結婚されて現在は、妻(嫁)がいるそうです。

イケメンで、スタイルもよい、そして運動神経も抜群だった佐々木孝介監督の妻(嫁)となったのはいったい誰でしょうか。

もしかすると、駒澤大学時代に知り合った女性かもしれませんね。

これから、駒大苫小牧高校野球部の選手たちを指導する佐々木孝介監督を支えていくわけですから、頑張ってほしいですね。

今は子供さんはいないようですが、そのうち、佐々木孝介監督はイケメンからイクメンになる事でしょう。

◆まとめ

佐々木孝介監督は選手時代からも輝かしい成績を上げる一方で、その陰では野球の練習だけではなく人をまとめることや人の気持ちを理解しようとするなどの経験をしています。

だからこそ、22歳という若さで駒大苫小牧の監督になったのだと納得させられました。

これから駒大苫小牧は甲子園常連校としてさらに有名になっていくと思います。期待しています。

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