ザノンフィクションで元暴走族の雄太と20歳の千乃(ユキノ)が登場します。
そこで雄太とユキノのその後や福島での今現在!生い立ちや出会いと結婚や子供についてまとめました。
16歳の年の差のカップルが横浜を離れ福島県の除染作業のために移住を決め、新しい人生に立ち向かおうとする愛の絆の物語を描きます。
一人の元暴走族不良少年の雄太が、20歳の千乃(ユキノ)と出会い、深い絆で結ばれ愛を育て大きな幸せを掴むのか、その後の今現在が気になります。
雄太の生い立ちとプロフィール
名前:雄太(ユウタ)
年齢:38歳(2018年1月時点)
出身:神奈川県横浜出身
学歴:中卒
家族:父がいる
仕事:とび職→ビルの配管工事→除染作業
雄太さんの母は、雄太が小学校2年生の時に「ちょっと出かけてくるね」と言って、雄太さんに10万円を残して家出をしました。その時、母親が男性の車に乗って出かけて行ったのを見たのが最後。母はそのまま帰ってきませんでした。
そうして雄太さんはグレて暴走族になりました。中卒で18歳で逮捕され、久里浜少年院に入所。成人式も少年院で過ごしました。
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ユキノの生い立ちとプロフィール
名前:千乃(ユキノ)
年齢:22歳くらい(2018年1月時点)
学歴:中卒
家族:母と妹がいる
仕事:居酒屋、コンビニ、アパレルショップ、クラブ、保険営業
ユキノさんの父親は、小学校3年生の夏に「出張行く」と言って家を出たまま1年以上帰ってきませんでした。実は父親は刑務所に。そして両親は離婚していたのでした。
ユキノさんも、雄太さんと同じ中卒です。居酒屋、コンビニ店員、アパレルショップの店員、親に頼ることなく生きてきました。18歳の時に雄太さんと出会ったのでした。
どうやら、2人の生い立ちや親が出ていって寂しい思いをした境遇が似ていますね。
その寂しかった思いや境遇が二人を引き寄せたのでしょうか。
雄太とユキノの前回放送
雄太とユキノの16歳の年の差のカップルが横浜を離れ福島県の除染作業のために移住を決めます。
前回の放送では反響が大き勝ったそうです。
新しい人生に立ち向かおうとする愛の絆の物語の前回放送をご紹介します。
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雄太の若い頃(1998年)
主人公は、元暴走族の「雄太」。
今から20年前、1998年横浜では少年が暴走を繰り返していました。その横浜で不良少年だった雄太さんは、当時18歳。なんと、暴走族で保土ヶ谷麗心愚(保土ヶ谷レーシング)のリーダーでした。
雄太は12歳の時に恐喝で補導され、保護施設に入所。シンナーや傷害などで何度も捕まり、学校とは程遠い生活をしてきました。
18歳の雄太さんはとび職として働いていました。中卒の暴走族でも受け入れてくれるから選んだのです。
雄太さんがそろそろ19歳になろうという時でした。年齢的にも暴走族も引退かと考えていました。
「走っているときは絶対につかまっていない。捕まる時はたいていチクられた時。単車(バイク)が停まらない限り絶対捕まらない」と語っていた雄太さん。
実は取材の三ヶ月後、雄太さんは逮捕され少年院に送られ人生が大きく変わりました。
雄太の36歳の頃(2015年)
2015年36歳になった元暴走族の雄太さんには、ユキノという20歳の若くてきれいな彼女がいました。
知り合ったのは2年前の2013年。母子家庭で育った千乃(ユキノ)さんは、若いのに掃除洗濯料理ができる女性です。
雄太さんは2年前の34歳の時にとび職を辞めて、仕事はビルの配管工事をしていました。
雄太さんの仕事は空調設備の配管施工を管理することで、設計図から工程や予算をはじき出すことを一から学んでいました。
それは、ユキノさんとの将来を考え、とび職から会社員になるために転職して頑張っていたのです。
慣れない仕事をしていることを知っていた千乃(ユキノ)さんですが、おいしい料理を振舞って応援していました。
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雄太とユキノの馴れ初め
雄太さんとユキノさんとの馴れ初めや出会いは、当時18歳だった千乃(ユキノ)さんが働いていたクラブで雄太さんが一目ぼれしたのです。
そして雄太さんの猛アタックが始まります。そうして二人は家賃75000円の賃貸マンションで同棲するようになりました。
20歳の千乃(ユキノ)さんは料理上手で、毎朝作るお弁当や美味しいごはんで雄太さんの胃袋は千乃(ユキノ)さんにつかまっていました。
雄太とユキノの福島旅行
雄太さんはお盆休みに千乃(ユキノ)さんと福島旅行に行きました。東日本大震災の悲劇が雄太さんの人生を大きく変えることになります。
建物に足場を組んで除染作業をするのに、とび職が必要でしたが、みな放射能を恐れて避難して職人がいませんでした。
それを聞いた雄太さんは過去に福島で人手不足を補うために、放射能を取り除く除染作業を仕事として働くことを自ら志願したのでした。
その当時の福島での除染作業の体験で、「「人の役に立つ」ことで自信と正義感がうまれた」と言っていました。
そうして、雄太さんは1年間除染現場で働いた体験をしました。
その福島が今では第二の故郷と思っているから、千乃(ユキノ)さんを連れて福島に旅行に行ったのでした。
福島では当時一緒に働いた同僚の伊賀大さんに会いに行きます。以前一緒に働いていた飯舘村の小学校に行き、当時を振り返ります。
伊賀さんは雄太さんのお昼ご飯を毎日準備してもってきてくれたそうです。当時職人が避難して人手不足の中、横浜から志願して出てきてくれた雄太さんに感謝の気持ちがあったようです。
そうして、田舎がない雄太さんにとって、伊賀さんが「福島にはいつでも帰ってくる場所と仲間がいる」と言ってくれたその言葉に感動し、雄太と千乃(ユキノ)さんは泣きました。
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雄太とユキノの決意
2016年1月から千乃さんは正社員として生命保険会社の営業の仕事を始めたばかりでした。生命保険の勉強をして試験で90点以上必要なところ、99点を取り、慣れないスーツとハイヒールの姿で契約者のアフターフォローをしていました。
2016年3月、雄太さんはビルの配管工事の仕事をやめ、福島に定住し、除染の仕事をすると決意します。
実は、雄太さんは千乃(ユキノ)さんに横浜から福島に拠点を移したいと相談し、千乃(ユキノ)さんからOKサインをもらって考えが固まったのでした。
千乃(ユキノ)さんはせっかく生命保険の営業の仕事に就いたばかりでしたが、仕事を辞めて雄太さんと一緒に福島で暮らす決意をします。
雄太の仲間と少年院に入った理由
引っ越し2日前。
雄太さんは転居の手続きに区役所に来ていました。その際にこっそり婚姻届けを手にします。千乃(ユキノ)さんにはまだ何も言っていないと言っていました。
引っ越し前日。
雄太さんが住んでいる横浜には暴走族時代の仲間がたくさんいました。その仲間の一人、風間さんとは12歳からの腐れ縁で不良仲間です。
風間さんにとって雄太さんはかけがえのない存在で、風間さんは過去に仲間の雄太さんに助けられたことを今も覚えていました。
それは、風間さんは雄太さんが少年院に入った事件に関与していたのに、雄太さんが風間さんをかばったおかげで少年院を免れたことがありました。雄太さんが風間さんの代わりに少年院に入っていたようです。
そんな風間さんは、現在大型トラックの運転手をしています。雄太さんとユキノさんの引っ越しを手伝うために、トラックに荷物を運び、一人で横浜から福島までの往復600キロの距離を走るというのです。
風間さんはこれくらいはどうってことないと言っていました。
事件の内容はよくわかりませんが、昔暴走族で不良少年だったとはいえ、お互いに仲間意識が高く義理堅いところがあるようですね。今でも2人は何でも言い合える仲だそうですね。
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ユキノの本音
一方、風間さんの妻タカコさんは、引っ越しの部屋の片づけを手伝っていました。
風間タカコさんを始め、周りの仲間は、雄太さんやユキノさんが今の会社員という保証のある立場を蹴ってまで、引っ越しして福島に行くことをもったいないと思っていました。
しかし、千乃(ユキノ)さんはこっそり自分の気持ちを告げます。それは、「雄太は自分がいないと生きていけないから」と。
そうして無事に引っ越しを終え、雄太とユキノは福島の南相馬市での生活が始まりました。
ユキノさんは20歳という若さですが、雄太さんのことや将来のことをしっかり見ていますね。若い時から苦労が多かったようでしっかり者ののようです。
雄太とユキノの福島のその後
福島県南相馬市。
雄太さんとユキノさんは放射能の被害が少なく稲作も普通に行われている町に住み、福島県民になりました。
買い物には車が必要な地域ですが、知人に車を借りて大型スーパーに買い物に出かける千乃(ユキノ)さん。買い物には不自由しません。
買い物は野菜とお米。
福島県産のお米は検査が厳しいのでかえって安心だそうです。
新居は以前より少し広い部屋になりましたが、雄太さんは自宅から15km以上離れた除染現場に車で通っています。
仕事から自宅に帰ると筋トレをする雄太さん。
とび職から離れていた2年間、落ちた筋肉を取り戻すため筋トレを欠かせませんでした。
除染の仕事はキツイそうです。しかし、福島に来たことの後悔はなく、逆に自分の好きなことをするのが一番で清々しいと言っていました。
ユキノさんの料理は少し変わっていました。レンコンやごぼう。雄太さんの体を気遣ってヘルシーな料理に変わっていました。
元不良少年の雄太さんは福島でやっと自分の居場所を見つけたのではないでしょうか。
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雄太のプロポーズ
雄太さんとユキノさんは2016年4月22日福島県に向かいました。横浜から360km片道4時間の距離です。
雄太さんの仕事は除染区域の除染作業です。そんな雄太さんは2016年11月ついにユキノにプロポーズしました。場所は人気のない山の上。
プロポーズの言葉は「これから先は贅沢できないけど、ユキノだけは食わしていくので結婚してください」。
ユキノさんからはOKをもらいます。そうして以前しまい込んでいた婚約届を出します。婚姻届けの承認は、あの伊賀さんでした。
挙式はお金がかかるため、まずは入籍し挙式はそれからゆっくりと挙げることにしました。
これまで言いたくてもなかなか言えなかったプロポーズの言葉が言えましたね。ユキノさんは感動して泣いたそうです。
雄太とユキノの結婚式
雄太さんとユキノさんは2017年11月11日横浜で結婚式を挙げました。
挙式直前。雄太さんは「こんな結婚式を挙げられるなんて、夢にも思わなかった…。」と語っていました。
雄太さんは挨拶の言葉を考えていました。ユキノさんの控室に入る雄太さんはきれいなウエディングドレス姿のユキノさんを見て号泣してしまいます。
そして、「きれいだな」と一言。
せっかくきれいにお化粧したユキノさんもついもらい泣き。
挙式には伊賀さんを始め、これまでお世話になった人や昔の仲間たち、総勢70名が来てくれました。
男一つで育ててくれた雄太さんのお父さんもじっと喜んでいました。
あの18歳で少年院に入り、20歳で出てきたときも迎えに来てくれたのはお父さんでした。
結婚披露宴では、挙式の最後に迷惑かけてきた父親に以外な言葉を語ります。
「親父、今まで育ててくれてありがとう。」と挨拶。そう言って式を終えました。
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雄太さんとユキノの今現在
ユキノさんは仙台にあるネイリスト養成学校に通い始めていました。自宅でネイルを始めたいと考えていたからです。そのため週に1回仙台に向かうことに。
雇われるよりも資格を取り、いずれ自分の店を持ちたいと思ったからでした。
もし、これからどこに移住してもネイリストの資格があれば、自宅で仕事ができますもんね。日頃からユキノさんのネイルはかわいかったですから、きっと人気のネイリストになるのではないでしょうか。
また、雄太さんとユキノさん委は新しい家族ができていました。
子供かと思いきや、新しい家族はチワワの愛犬マロンでした。
雄太さんは愛犬マロンにメロメロです。子供ができたらどうなることやら。
子供さんはユキノさんがネイルの学校を終了したくらいかもしれませんね。
焦らずゆっくりと18歳の不良少年が20年後につかんだ幸せです。